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不思議な話の真実~山火事の奇妙な死体

突然だけど、昔から不思議な話には目がない。
というわけで、小さい頃に聞いた・見た印象的な不思議な話のうち、元ネタがわかった2つと、元ネタを知りたい1つを紹介したい。

 

「もう死なないで準一」の看板

子供の頃、怪しげな塾に通っていた。
田舎の町の、森の中にある教室で、怪しげな先生が数学だけを教えるという塾である。どうして通うようになったかも覚えてない。
その怪しげな先生は色々な不思議な話や怖い話をしてくれたが、その中でも印象深いのが「もう死ないで準一」の看板の話だ。結構有名なので知っている人もいるかも知れない。

先生曰く、
「国道246号線には、『もう死なないで準一』という看板がある。これは準一という少年が交通事故にあって死んでしまったが、自分が死んだということが分からず、幽霊となって何度もはねられて死んでしまうので、両親が立てたものだ」
とのこと。
ドライバーから「人をはねてしまった」という連絡が来るが、被害者がいないということが続いたらしい。

「もう死なないで準一」

いかにも不思議な看板だが、場所は近かったため、見に行った友だちもいた。看板は実際に存在したそうだ。

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その後、テレビ番組などでも放送されたこともあり、真相は明らかになっている。

Wikipediaの「善波峠」に記述されているので引用しよう。

1965年(昭和40年)9月2日の夕方、秦野市に住む当時17歳の「準一少年」がバイクで善波峠を走行中、カーブを曲がりきれなかった対向車のトラックと正面衝突し、翌未明に亡くなるという事故が起きた。事故後、隧道周辺で少年の霊が現れるとの噂が数多く囁かれるようになったが、それを聞いた両親は1966年(昭和41年)、無事故の祈りを込め善波峠に『もう死なないで 準一』と書かれた看板と菩薩像を建立した。なお、看板は1989年(平成元年)に撤去されている。

ということで、怪しい塾の先生の話はほぼ正しかったと言えるだろう。
この先生には、本人が実際に体験したという怖い話も聞いているので、そのうち紹介したい。


100年ごとに生き残る「ヒュー・ウィリアムズ」

もう1つ、印象に残っている不思議話を。
自分の記憶では、テレビ番組の「ごきげんよう」で、競馬評論家の井崎脩五郎氏が話していたものだ。

「ある学生が、1人だけ生き残った海難事故を調べていたら、ちょうど100年ごとに3回起こっていたんです。そして、生き残った人の名前を調べたら、3人とも『ヒュー・ウィリアムズ』という名前だった……」

何分古い記憶なので間違いもあるかもしれないが、だいたいこんな感じ。なんと不思議で魅力的な話だろうか。

が、こちらも元ネタは明らかになっている。Wikipediaに「ヒュー・ウィリアムズ_(都市伝説)」という項目がある。

偶然 -- 1664年12月5日、一隻の船がメナイ海峡をわたる途中でひっくり返り、乗り合わせた81人のうち、ひとりだけが救助された。彼の名はヒュー・ウィリアムズだった。1785年の同じ日付に、また別の船が転覆し60人の乗客が、ひとりを除いて溺死したが、一人助かったのはヒュー・ウィリアムズだった。1820年8月5日、3隻目の船が転覆して25人を放り出し、ひとりを除いて全員が溺死したが、そのひとりは、魅力的な名前ヒュー・ウィリアムズをもっていた。さらに、1842年5月20日にも、メナイ海峡をわたる船が、これまでの事故が起きた場所の近くを通っているときに15人の乗客を乗せたまま転覆し、ひとりを除いて全員が死亡したが、このとき生き残ったのはリチャード・トマス (Richard Thomas) という人物であった。


どうやらこの話に尾ひれがついて、ちょうど100年後とか、同じ日とかの派生ができたようだ。ちなみに「ヒュー・ウィリアムズ」はよくある名前とのこと。


山火事の奇妙な死体

最後の話は真相がわからない。むしろ知りたいというもの。
オカルト雑誌「ムー」の1コーナー「ちょっと不思議な話」に掲載されていたと記憶している

「山火事を効率的に消化するために開発された『水爆撃機』は、海や湖から水を汲み、火災現場上で放水することができる。ある山火事も『水爆撃機』の活躍で鎮火したが、その後の現場検証で奇妙な死体が見つかった。死体は、水中メガネと水着を着用しており、死因は全身を強打したことによるもので、激突死だった……」

という内容のもの。古い記憶から呼び起こしているので、文章はぜんぜん違うと思われる。
補足するのも粋ではないが、水爆撃機が海で泳ぐ人ごと水をすくい、人間ごと放水したという話だ。

ちょっと不思議な話」は、単行本としてまとめられており、古本で購入したことがあったが、残念ながらこの話は記載されていなかった。ググっても似たような話は見つからない。


というわけで、この話について、何か知っている人がいらっしゃれば、ぜひとも教えてほしい。
おそらく、1990年前後の「ムー」の掲載されているので、国会図書館に行って調べてみれば見つかるかもしれない。最終手段はそうなるだろうか。

 

追記

元ネタがわかりました

onsen222.hatenablog.com